SSブログ

出雲に、松江に。今月はあちらはは「神在月」。 [旅]

172回目です。

このところ、音楽が中心でしたので、趣向をかえまして。

急は旧暦10月10日から行われる、出雲大社の「神在祭」(かみありさい。であっているかな)に
関係して色々と。

新暦(今つかっている暦)で11/26からになるそうです。

今年の旧暦は閏もあったのでね。例年はもう少し早いと思います。

http://www.izumooyashiro.or.jp/kamiari/top.htm

今は平成の大遷宮といって、神様のおうちの建て替え(やや語弊がありますが、ご容赦)いった
ものでしょうかね。なので、拝殿も以前のものとは違いますが、ご旅行の予定のある方は、
どうぞ、拝殿にあがって、願い事をしてくるのも、良い思いでになろうかと存じます。



今は10月は神無月といいますね。だけど出雲では神在月ということ、と教わってきたんですよねえ。

実は、祭事というのは旧暦なもんですから、僕らが普通使う暦とは少しずれておりまして、
なおかつ、今年は旧暦の閏があったので、ずれております。

今年の出雲は、「神在祭」が11/26~だそうです。


くわしくはありませんが、出雲大社には、神様のお宿が常設されていて、この時期はまさに、
この宿にいるということになるみたいですよ。

たしか、十九社といったかと思います。見てきましたよ、以前。本当にあるから、すごいですよ。

今は婚活といって、積極的な縁探しもありますね。

あの森で、拝殿で読み上げられる願い事のフィードバックを受けながら、
自分の気持ちと対話すること。

それがいつか謙虚な気持ちにつながってゆくと信じる時間を持つこと。

神社ですしね、お願いする一方で良く、難しい戒律どは求められませんから、
踏み込んでお願いごとしても、いいかも知れません。

まあ、お気楽に接すれば、良いとは思いますよ。

巨大しめ縄にお金を刺す場所。あれは楽しいですよ。
結構、ささらかったなあ。うまい人は他人様にいたけど。
自分がへただったのかなあ。

されから、立ち入りが禁止されていない場所は、境内の裏手も歩いてみるとおすすめですよ。
草木や苔、森から流れ来る空気の感じなどに時間の積み重ねが迫ってきます。

ちなみに、近くには懐かしい香り漂う駅舎(今はつかわれてない)もあります。
今もあるかなあ、ガイドブックなどごらんくだしさい。

http://furusato.sanin.jp/p/area/izumo/69/

あーそうそう。大社へは、どこに泊まっているかにもよりますが、
松江から一畑電鉄で、というのも結構おすすめしますよ。

出雲空港から出雲市駅にゆき、そこからバスというのもあるかな。

また、お参りの拍手や礼の仕方が、地元の神社さんとは違うので、
周りの人や神社の方に聞いてみてくださいね。

それから、雲に行ったなら、とにかく、どこがいいだの気にせず、
割り子さば、頂いてみてくだいよ。

舌の肥えている方は、はしごして上手いとこ、めっけてくださいましな。

http://www.kankou-taisha.jp/aji/soba1.htm#sobaten

さらに、出雲大社のそばのバスターミナルから日御碕灯台方面のバスが
でていたんですけどね。しらべてみてくださいましね。

http://furusato.sanin.jp/p/area/izumo/1/

バス停の終点近くには、日御碕神社(であったか?)があり、
灯台に向けた道があったはすです。

私は灯台に行く途中の土産物屋なのか不明なお店のサザエの香りにつられ、
ついつい、ビールのあてにして、中で話し込んでしまいましたよ。
(寒い日でね、ストーブに誘われてしまった、というのが正直なところですが)

結局色々つまみをサービスしてくれて、商売になっているんだか不明なお店でした。

江ノ島なんかにもある様な茶屋なんですが、振る舞い方と、
時間の流れがまあ、独特ですわ。

かたわらで、店をきりもりしている母さん風の人の母。
つまり、おばあさんだね。
といっても、そんなに年ではないのだが、常に何か仕事していて、
仕事しながら私と会話してたりしていてね。

随分時間が経過しましたが、今でも覚えていますね。あの不思議な場所。
お元気かしら。

さて、もう一つ。エリアがダイブかわりますが、八重垣神社。
http://www.san-in-tabi.net/uranai/uranai.html

http://www1.san-in-tabi.net/article.php/yaegakijinjya

かいつまんでいうと、鏡の池というところで、和紙にコインを浮かべ、沈む時間や距離
今後の男女の縁を占うというものですね。




さてさて。

お土産。
今はいっぱいありますが、こんなお菓子も、自宅、贈答用にはおすすめです。
若草といいます。出雲は、お抹茶のお茶が盛んだそうです。



会社で皆に配るのは(私はやってみたけど)向かないかも知れませんが、
自分用にいいですよ。
年々、新しいものが開発されているでしょうが、こういうのもいいでしょ。

しじみ(宍道湖はしじみが名物。しらうお、もありますね)の佃煮が結構いいのがありますよ。
しょうががはいっているタイプは試食して口に合うのを、ご飯のふりかけ風におすすめです。
私はすすめます。好き嫌いはあるだろうから、試食はしてくださいね。


島根のお酒ですと、「李白」「豊の秋」を出雲や松江のそば屋でいただいた程度なんですが、
また東系のお酒とちがって、いいですよ。
とにかく、冬は寒いんで、私は燗で頂きましたが。
この辺くらいした、色は分からないのですよね。あんまり贅沢旅はしていないので。


じゃあ、最後はやっぱり、これですなあ。
とても短いのを選びましたが、実際の現場で見ている時の音なんか、まさしくこれですよ。
嫁が島という実は悲しい伝説のある島です。



近くでもないけど、泊まる宿は選択の幅が広いし、温泉地を選ぶこともできますしね。

私は、ちょっと偏ったこと書いてますが、温泉中心で、ちょっと何かを味わう、訪ねる、体験する。
そのくらいでもいいかもしれませんね。

まあ、こうして他人様の材料ばかり使って、失礼しちゃっておりますが。

サイドBは何を隠そう、出雲大社に2度お参りしております。
2度目は神在月(神在祭の日ではなかったけど)に休暇をとってゆきました。

1度目は普通におまいりをしただけでしたが、
2度目は拝殿でお祓いというのでしょうか、そういうのをやってもらいました。
(ちょっと恥かしかったけれど。当時は世代が随分前ですしね)

八重垣神社には最初の来訪時に参りましたよ。

お金は、ちょっと遠くの方にゆっくり沈みましたが。ゆっくりといってもすう分でしたから、
あまり近くない間柄の場所で、比較的早くご縁がある・・のかなあ。
そんなことを思っていましたよ。

だいたいお察しかとおもいますが、私は、少なくとも性別上は女性ではありません。

なので、そういう時期、つまり男に見える人間が行くと浮くんですよ。当時はね。
周りは殆ど女性ですから。
旅の間中、いわれある場所に行くと、ちょっと緊張したなあ。

「あれ、一人でねえ。。へーあれだお嫁さん、欲しいんだ。ケケケケ」
ちょっとした食堂なんかて、おばちゃんに笑われたりしてね。

まあ、そんな秋冬が2度ありまして。

その次の年の真夏にヨナグニで長い時間ボーっとして焦げる夏をすごし、
冬の出雲に今度は神在祭のイベントのあるあたりにいこうと計画していました。
航空券、ホテルの予約済みで。
当然、出会いはないし、といって街で漁る様な真似も苦手。
旅行かたがた、しずかにまた大社に向かおうと思ったんですね。正直。

それでも、出会うときは、突然に襲って(失礼)くるもので、
今の家内と突然に出会ってしまい、あっという間に結婚への道だけが開けていました。

出雲大社か八重垣神社のお陰と、私は宗教的でなく土着的な信仰として信用しているのですが、
何はともあれ、感謝しております。

とまあ、こんなこともございました。

日々、沖縄系と音楽系の話ばかり書いていますが、石川県、過去に暮らした土地に加え、
出雲というのも忘れられない土地があり、大事な場所です。

ちょっと脱線したので、戻しましょう。

ガイドブックなどの方が愛らしいのですが、こちらを。
http://homepage2.nifty.com/matsue-jo/sub55top1.html

城山稲荷山神社。境内の周りのきつねが、私は大好きで。

それらを愛したのは、「ラフカディオ・ハーン」です。
「ヘルンさん」とも呼ばれますね。小泉八雲さんです。
http://www.matsue-tourism.or.jp/yakumo/yakumo_k.htm

松江城も大きくはないけど、風情があるし。
松江大橋も川も良かったなあ。

寒い中、なんどもなんども歩きました。

著著はたくさんありますが、こちらをとりかかりにどうでしょう。

ヘルンさんが、日本に来た時に新鮮な喜び、好奇心なんかが描かれていて、
味わい深いです。

ちなみに小泉八雲記念館の所蔵品で、
ヘルンさんが日本来訪したときにきていた服とかね。
ボクよりも慎重が低いか同じ位で、親近感わきましたねえ、それだけですけどね。

新聞の裏に墨で字と絵を描いて、ご子息に英語を教えた形跡がある所蔵品を拝見しました。
といって、現時点親父の私が、マメなことは不得意でしてはいませんが

そんなこんだで、展示されているのを見て、えらく感動したのを覚えています。

世界遺産を見学するときに、どうぞ松江、出雲加えてみてください。



神々の国の首都 (講談社学術文庫―小泉八雲名作選集)

神々の国の首都 (講談社学術文庫―小泉八雲名作選集)

  • 作者: 小泉 八雲
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1990/11
  • メディア: 文庫



ではでは、最近話題の飛びが激しいですが、それもまたいいでしょう?

日本には、きっとたくさん、思い出があるからねえ。

サイドB

やっと、2009年八重山旅行のしめでございます。(もう来年だがね) [旅]

157回(でよかったか)です。裏面、サイドBです。

昨日から現実にtwitterを眺めてますが、不思議な気分ですねえ。
いわゆるミュージシャンとかその周辺の方など一部しか見てないですけれど。

つぶやき なので、ちょこちょこ、事実がかかれていたり。

急に脈絡のない言葉がかかれていたり。

非公開メッセージへの応答と思われるものがあったり、
まあ、リアルな錯覚感がありますね。

しばらくは、眺めております。


さて、ようやく、2009年の八重山旅行のしめでございます。

お宿以外の関係先リンクを書いてしまおうという、それだけのことなのに、
1ヶ月くらいは放置してしまいました。

では、順に思い出しながら。自分主義なので偏りますが、ご了承ください。


まずは、与那国島関係。[リゾート]

ヨナグニウマふれあい広場

http://www.yonaguniuma.com/


与那国の広場
http://www.yonaguniuma.com/yonagunitop.html
与那国のブログ
http://umahiroba.ti-da.net/

こちらには、親族ともども、馬遊びでお世話になっております。
今年はうみうま(海馬)遊びをして、楽しかったです。
馬のしっぽにつかまって、時に背泳ぎの形で。与那国ブルーの空。
よかったです。ありがたいことであります。

沖縄のこどもの国で、数年前から活動をはじめ、
今年の夏からは場所を移転して沖縄本島南部の南城市に。

こちら「うみかぜホースファーム」といいます。一緒に紹介しちゃいます。
http://www.yonaguniuma.com/umikaze

ブログもあります。
http://umikazehorsefarm.ti-da.net/

今週末から来週にかけて「半島芸術祭」なるものが、南部エリアで展開されるそうです。
うみかぜホースファームも参加しています。
沖縄の方は、いかがでしょうか。
(うーん、私のブログを、沖縄の人が見てくれる確率はかなり低そうだけど)

http://www.ne.jp/asahi/hanto.art-festival/in.nanjyo/festival_2nd/tamagusuku/horse_farm.html

さて次は与那国のカフェ。私のはじめては、以前ここでも何度も書いた気がしますが、
1994年8月。訪ねたのは今度で4回目でしたけれども、飛び飛びながら、
15年にもなるのですね。

はい、そうです。「ユキさんち」です。

JTAの美ら島物語のサイトから。
http://www.churashima.net/shima/special/cafe/yaeyama/yukisan/

飲食系なので、それなりに口コミだとか、評価だとかもあるけど、
まあ私も見たりしますが、ここではやめておきますね。

私がラブなお店なので、評価いらないからです。

あと、オーナー(でいいのかな。ちょっと不確か)のユキさん。

実はカフェのオーナーであるだけでなく、ビーチコーミングの世界では、
知られた方の様です。

ちなみに、今は日本の最西端に開けた庭においてありますが、
ガラスの浮き玉がたくさんあるのですよ。お店に。

模様替えをされたと思われるのですが、その前は店内に飾ってありまして、
我が親族と浮き玉の話で随分もりあがりました。

そういう顔も持つユキさんのサイトもあります。
更新はどなたがされているのかは、知らないのですけれどね。
見つけたときはちょっと嬉しかったです。

主なページ別のURLです。

http://www.oyoyo.com/yuki3/

http://www.oyoyo.com/yuki3/yuki3chi.htm

2006年に特別展がありました。
http://www.oyoyo.com/yuki3/Ayamihabiru/

http://www.oyoyo.com/yuki3/links.htm

http://www.nirai-kanai.org/kairyu/news.htm#050824


プカプカ通信というサイト(会報らしいですが)にも、
記事などで登場されます。

http://ukipuka.exblog.jp/5002019/

http://ukipuka.exblog.jp/m2009-03-01/

http://ukipuka.exblog.jp/m2009-04-01/


さて次は有名なんだけど、今まで昼ごはんはユキさんちで、
夜は宿で食べていたので、入らなかったいくつかのお店のひとつに今回はいきました。

海響(いすん)というお店です。お店側のサイトがないので、評価がのってはいますが、
こちらでご紹介。

http://www.ritou.com/spot/view-yonaguni-y52.html

訪ねた方のブログなどにもそう書いてあるあし、実際お店で「ご予約ありますかあ」と聞かれまして、
空いているテーブルは1つしかなかったですからね。
予約しておいた方が無難ですね。うちは、たまたま大丈夫だった様で。
私たちは晩ごはんのつもりで行きましたけど、お昼もある様ですね。
夜はごはんも食べれるけど、基本居酒屋ですからね。

でも、カジキはうまかったですよ。飽きないですね、淡白な味でもあるし。

ダイビングをやらないし、今年は海底遺跡も行っていないので、
これ位ですかね。

旅にいったら寄ってるお店、場所、寄ってみたいけどまだ寄っていないお店、場所。
あるんですよね、まだまだ。そうしているうちに閉店していたりもあるし。

旅の鉄則。気になったら「行っとこう!」ですよ。

我が家は、とりあえず、「ふくやまスーパー」には行きまして、何か買います。
普通のものを。

http://www.ritou.com/spot/view-yonaguni-y65.html
(クチコミの内容は無関係)

そうそう、なんだか、とてつもなく大きいお墓が。
http://www.ritou.com/spot/view-yonaguni-y92.html

与那国民俗資料館の館長である池間苗さんから口伝された話や、
習俗などをネット上で書き綴っておられるブログ。
編者は不明ですが、想像ではお土産屋のサンアイと関係のある方でしょうかね。

実にいいブログです。

http://ameblo.jp/ikemar001/

サンアイ(空港店) 上のブログの一部でサンアイの商品紹介もしています。

http://ameblo.jp/ikemar001/theme1-10003033358.html#main

ちなみに、池間苗さんは、司馬遼太郎さんの街道を行くに登場される方です。
私も15年前には、民俗資料館の方で多分お会いしております。
その頃は隣接してサンアイがあったので、亡きご主人著のご本とバンダナを購入しお土産としました。


次は竹富島[猫]

珍しいところは行ってないのですよ。あとはサイトがないお店もありますし。
だから、メジャーなものばかりかな。

竹の子(食事処です)
http://www.taketomi.net/takenoko/
ブログとは別の日記
http://www.taketomi.net/takenoko/topics/topics.cgi?
ブログ
http://ameblo.jp/taketomi-takenoko/


パーラー願寿屋
http://www.ritou.com/spot/view-taketomi-t26.html

ちろりん村(利用してないんですけど)
http://www.ritou.com/spot/view-taketomi-t49.html

こちらは、宮沢和史氏の書物やラジオ談話にかつて良く登場したお店。
なんどか通っているのですが、今回は、歩きながら、まじまじと眺めてきました。
昼間にかき氷でも食べてみるかなあ。そういうのを今でもやっているかも、知らないけど。
(夜のお酒系はやっていそうな気配ではあった)

パーラーぱいぬ島
JTAの美ら島物語へのリンクです。
http://www.churashima.net/shima/special/cafe/yaeyama/painusima/index.html
店の中の日陰の雰囲気が良くでた記事があるブログみっけ
http://kuchikomi.gnavi.co.jp/diary/1198617891/article/172931.html

たきどぅん
http://www.ritou.com/spot/view-taketomi-t19.html
ここはですね。手作りアイスキャンデーがありますね。
そして、ポーポー(ちんびん とも)や、サーターアンダギーがお目手当てになるのですが、
色々な事情で作られる時が変わるのと、あとは早く売れてしまうということで・・・

入手した瞬間は顔にこそださないけど、「やったぜ」の気持ちになりますね。

でも、まあ、なるべく多めに買わない様に様にしています。
とりあえず。

お店を覗きにいったり、お店の方に直接聞いたりして、なかったことや、
しばらく製造しないという時などもあって、3回に1回あればラッキーですね。
平均だから、あり、なしが続くこともあるし。

毎回あるという人もいるだろうけど。

おみくじを引く様な気持ちかな、最近は。あったら、ラッキー。今日は運がいい、そんあ具合で。

ここまで書いた、竹富がコンパクトにまとまったブログみっけ
http://4travel.jp/traveler/lutecia3/album/10237188/


喜宝院蒐集館
http://www004.upp.so-net.ne.jp/kihouin/

こちらは日本で一番南のお寺であって、民藝の視点から生活用具を蒐集されているところで、
良かったです。もっとじっくり見てみたかったです。

うーん、まだ色々ある気もするのですが、こんなところでしょうか。
水牛車は2社のうち1社しか経験していないから、そのうちに。

最後は石垣島。
ここは広いし、私はピンポイントで観光客が多いところしか行ってないから、
今回行ったところやゆかりのあったところだけ。

七人本舗
http://nanapiito.ti-da.net/

マリアシェイクも名物の一つ。
http://kuchikomi.gnavi.co.jp/diary/816810925/article/124493.html

次は八重山日報。

http://www.yaeyamanippo-news.com/
このところネットの方が随分対応が進んできてます。

(八重山毎日は時々1部買いしたりしつつ、ネットの方でもお世話になっていますが、
 今日はこちらを)

台風8号でホテル避難生活中に、地元紙のこの新聞をホテルが毎日数十部おいておいてくれたのです。

朝食の時に手にとり、台風関係の様子やテレビ、ラジオの番組情報を得ました。

ページ数は多くないのですけれど、
「あー今日も1日がはじまるのだ」という様な、時間の感覚を持て、
生きている実感がありました。しゃきっとするという気もして。

スーパーが営業を再開する日には広告が入ったりして、
面白かったですよ。内容が。

とにかく、本当にありがたかったです。配達してくれた方にも感謝です。
たってられない暴風でしたからね、なにしろ。

自分の問題でしょうけど、テレビはだらだらと台風情報を見て、どんよりしてしまいました。
で時々ラジオを聞きましたが、新聞、ラジオは結構しゃきっとできますね。
なんでだろう。自分の世代的問題か。

さて次は、珍しくもなくなってきましたが、まあ思うに、石垣島に行って食べるからいいと思っている、
辺銀食堂さん。
(なぜか、さんをつけてしまう。ペンギンという苗字だからね、これ。本当に。本がでているのでご覧ください)

http://www5d.biglobe.ne.jp/~A_Pengin/

ラー油メインのページですが、多分これが最初の公式サイトでしょうかね。
いくつか派生したブログがあるのと、那覇にできた「こぺんぎん」のブログは別にある様です。
食べ物の写真は多くの方のブログのものが良いと思います。

限定10食(私の経験上)のスーチキーそばが、一押しです。
まあ、何食べても旨いですよ。店の雰囲気も、いいしねえ。長居したいけど、
人が大勢待っているからね、食事に集中してしまうのですがね。
夜ならもっとゆっくり楽しめるかなあ。

子供が大人になったら、いつかそんな時間もあってもいいかな。

今回は台風もあって、殆どホテルにこもっていたので、次で最後です。

焼き肉屋さん「たけさん亭」
http://www.takesantei.com/

「やまもと」さんにするか、はたまた美崎畜産系のお肉を取り扱っているお店を探すか、
随分迷いまして、結果、「たけさん亭」にしました。

もしかすると台風を予感していたのか、避難生活の拠点となったホテルのすぐそばでして、
すごい風の中、どうにかたどり着けましたよ。タクシーなしで。
100mくらいしかはなれてないから、タクシーのりにくいしね。
まあ必要なら乗るけど。

石垣牛は料理では2、3度目なんですが、焼肉としていただくのは初めてでした。
関東圏のお店、石垣の有名店との比較はできないのですが、
食べ方が違うなあとは思いました。

焼肉の肉は多分普通は熟成させるだと思うのですが、私は刺身を頂いた感じでした。
わりと新しいものを、その味で頂くという感じでしょうかね。

実際、お値段はそれなりに気にせず試してみたのですが、どの程度の質のものかも
分かりませんが、旨かったですよ。

また他の系列や、お店も機会とお財布具合と相談して体験してみたいものです。

ごちそうさまでした(と言ってみる)


ということで、タウンパル山田さんなど、既に濃くご紹介したところとお宿を除き、
こんな感じです。

基本、外で遊んでいるので、インターネットサイトのリンクはないのでありますねえ。

そうでした、今回の旅とは直接関係はないですが、石垣の唄者であります、
大工哲弘さんのブログを。

琉球フェスティバルのライブ記事がのっておりまして、大城クラウディアの文字も見えます。
http://daikutetsuhiro.ti-da.net/e2591284.html

(日付はまだ確認していませんが、クラウディアは大阪でFM802関連のイベントにも登場するらしいですよ、
 そういえば。クラウディアのサイトかブログでチェックしてみてください)

色々と話題というか課題のあるところを含みますが、
お世話になった航空会社のリンクをつけておきましょう。
(別に私には何のバックもないので、誤解なき様)

JAL
http://www.jal.co.jp/

JTA
http://www.jal.co.jp/jta/

ANA
http://www.ana.co.jp/

かなり脳天気なことばかり書いてますが、私達が遭遇した台風8号。
私達は多くの方の力とか知恵のお陰で、島民にとっては珍しくはない規模の台風ではあるものの、
無事でおりました。

お陰でこうして、旅の話などできるわけです。

あの後、あの台風は台湾(中華民国)に行き、そこで甚大な被害をもたらしたことを、
帰宅して知りました。

日本の日本語のページではありますが、被災された方、お怪我された方、
そのご家族にお見舞いを申し上げます。

そして、残念なことに、お亡くなりになった方とそのご遺族の方、関係の方にも、
心から哀悼の意を表したいと存じます。

9分9厘はたわごとを放言しているのですが、この件は旅の記録の最後に記したいと思っておりました。

さあ、無事だった自分は、無事だったのだからこそ、精一杯、人間臭く、また不器用に、
整合性もなく・・・生きてまいりますよ。

ということで、2009年の八重山旅行関係の記事はこれでおしまい。

では、また。

サイドB

2009年8月石垣島と竹富島。そして台風やり過ごしの記(あと高野寛さんサイトの更新情報) [旅]

裏面の150回目です。

シルバーウィークでしたね。

行楽、お仕事に色々とお疲れ様でした。

さて、こちらは、淡々とそろそろ2ヶ月前になる旅の記憶、
引き続き、書き出してまいります。

(諸般の事情からFMであった清志郎のスペシャル番組を
 聴かなかったので、引き続き、旅の記録となりました)

入る前に、高野寛さんの情報。

10/7発売の新譜「Rainbow Magic」の特別ページが公式サイトにできましたよ。
最近はFMラジオへの生出演があったり、

細野さんのラジオでかかったり。

段々発売が近いという感じがしてきました。

http://www.haas.jp/

http://www.haas.jp/rm.html

アルバムへのメッセージあり(メーリングリストでも貰っていたものかなあ、多分)。

収録曲の1曲ごとにコメントが書かれていますよ。

曲の背景を知ると、また興味の方向も増えて楽しいかも。

ということで、本編に入ります。



前回は与那国島を飛行機で離れたところまで、でした。

そして、石垣島に戻りました。

最初は台風の影響は大きくなく、フツーの石垣島でした。

いつもの様に離島桟橋(ターミナルというのか、今は)へタクシーで向かい、

竹富島行きの乗船券を買い、荷物を預けました。

(私達がいつも乗る船会社は荷物を預けるのが有料になってました。
まあ、利便を考えれば高くはないですけど)

昼ごはんを食べていないので、
お店で地元の菓子パンとマリヤ牛乳を買い食事。

ゲンキ牛乳もありますが、今回はマリヤにしました。
あとで、シェイクとかソフトなどを飲む前に牛乳自体を味わおうということもあり。

このあたりは表面で書いておりますが、そうこうしておりましたら、

3年越しに表面のブログつながりのご一家と初対面を果たし、

一緒に「あやぱにモール」方面へ向かいました。

途中、それぞれの用事のために散開。

我々はお土産の事前チェックをしたりし時間を過ごしました。

8月初めには、もうスナックパインがなく。残念。

所謂夏休みの入り口位までおしまいだったみたいですね。

そう考えると、5月にはいさいFESTAで売っていたのを

買って食べても良かったか、などと軽く後悔したりして。

親族達はお土産ウォッチング。

私はその間に、「タウンパルやまだ」さんに。

そうです、ストライクカンパニーのCDを買うためです。

セカンドミニアルバムでTHE BOOMの山川さんがプロデュースしています。

「電車は走る」です。

公式サイトからも通信販売で入手できます。
http://strikecompany.com/

私はこの旅があったので、石垣島で買ったというわけです。

元々山田書店という名前のお店でもあった様で。

公式サイトがアップデート中の様なので、場所情報用として、
あるネットショップのお店のページをご紹介。

http://www.e-hon.ne.jp/bec/SF/ShotenHome?shotenCode=88765&List&TohanShotenHome

さてストライクカンパニーは、中核メンバーが3人です。全員石垣出身。

それぞれにブログをもっていますよ。

私はTHE BOOMのサポートもしている方にコメントしたら、マメにレスを返してくれました。

買ったCDは、随分聴いてます。



さてさて。話を戻します。

ブログつながりのご一家とは、

しばらくして「あやぱにモール」内で集まる形になりました。

私達が竹富島へ向かう船の時刻が迫ってきたので、

先にお別れをしました。

いつもの様に船で竹富にわたりました。

お迎えにきてくれた宿の人、明るく曰く・・・。

「台風が直撃するかも知れないです。その時は早めに石垣にお戻り頂くかも知れません」

「!」(私の心の中)

と、いつもと様子が違う。

この時は、ぼんやりと台風で早く帰ることもあるだろうとは思いつつも、

まさか、この話が本当になるとは思ってはおらず、軽く聴いておりました。

さて、お宿は、前回と同じ部屋。

まさしく帰ってきたという感じ。

夕食もいつもの様に目にもおいしい料理。

竹富にきたなあと、少しホッとした様なことでした。

自転車の調達が色々ありできなかったということで、

特別に夕陽対応ということで車を貸してもらえまして、

今回は初めて車で夕陽を見にゆきました。
(自転車の代車が車・・・でも、一見、地元の人に見えたかたも)




竹富島観光がスタートしたのですが・・・。

以降の行動は表面で紹介していますので、関東に戻るまで一部省略とさせて頂きます。


その後は台風のために、島内放送やツアー中心連絡の電話が入ったりして
にわかに「脱出」態勢に・・・。


そうして急遽短い滞在になったのでありますが、
意味もなく、足で島をブラブラする時間もできたし。

まあ良かったです。

・・・あっという間に、石垣島に戻り・・・

石垣島でも、風が強くなる中、飲料、食材などの買出しが思い出になりました。
最初コンビニにはパンが売っていなくて。

飛行機が飛んでないからと店員さん。

私は地元のパンを置いてある店に急ぎ、予定分を確保しました。

ふと台風が長引いたらと考えがよぎり、カップラーメン風なものを追加購入すべく、
宿に向かう途中にもう一度コンビニに寄りました。

そうしたら、入れ替わりでパンの納品があったみたいでした。

私はもうパンを買わないですが、よかったなあと、思いました。

とにかく品物がどの店に行ってもなかったですからね。

すぐに食事するタイミングでもあったので、実際に親族で入店はしなかったですが、
A&Wをテイクアウトして、宿に戻りました。

風の強さといい、雨の量といい、ギリギリのタイミングで食料を確保した具合でした。

・・・食料は少し余っただけで、まあ良かったです。
   (宿が1食臨時に用意してれくれたりしたので)
  
あとは3日間(最終日は食事をしに、ペンギン食堂、焼き肉屋に外出はしましたが)は、
ホテルを家にして、ぐーたらしておりました。

まあ、そうするのが安全だったということで。

お陰で、地元のラジオ、テレビをたくさん視聴できました。

特に、石垣のコミュニティーFMは、台風を迎える市民の生の声が伝わってくるので、
「こちらの人も不安があるのだなあ」と安心を覚えました。

風が強いので、ボイラーがきかなかったりしてお湯が出ないとか、
些細なことに弱ってしまう都市暮らしの私ですが、

外の嵐を眺め、ラジオを聴いていると、まあこうして、
宿にいて飲み水はなんとかなる状態にいることは、
ありがたいことだと、つくづく思いましたねえ。

旅に日程は半分で終わってしまいましたが、
日程との兼ね合いで空港他の公共施設で過ごした方達も多かった様ですからね。

何かの被害を受けた訳でもないし、無事で帰ってきたのですが、
やはり、関東で経験した大きい台風との比較ではなかったです。

暴風25m。与那国では40、50当たり前。60とかもあるとか。
どういう世界なんだろう・・・・。こわ。

地元のタクシーの方は「フツーの台風」と言っておりまして、
だいぶ驚きました。
でも、そう言っている地元の人といると少し安心したりして。

やはり、土地に根をはって暮している人は強いなあと、
そんなこと思いましたね。

ラジオも含め、やはり地元のことは、地元。そう思いましたね。


その後は、まあ石垣を離れて家路についたわけです。

表面で書かれたいたとおり、石垣の天候の関係で、使用機材が着陸できず欠航というのが、
出始めていて、ギリギリでした。

那覇は、無関係に晴天で・・・。

那覇をとびたった飛行機は、まるで琉球列島遊覧の様なコースでした。

沖縄島を那覇から南部に下って東側をずーっと北上。与論、奄美の島々とずーっと見えていました。
(政治的な意味合いは特にありませんが、基地とおぼしき土地も大きな敷地でしたねえ)


最後は駆け足でしたが、こんな感じで、しばらくは、内心、放心状態でした。
与那国を離れる前から段々に予想しながらも、台風のために島を離れてから家につくまで、
私なりに緊張していたからでしょうかね。

何度も旅されている方は、当たり前に経験していることの様なので、情けない次第ですが。

次以降どこかで、
宿以外で、今回の旅に関係する場所、団体、企業等のリンクを載せる回をつくるつもりです。


ということで、2009年夏の八重山への旅行の記録は、ほぼおしまいです。

字だけの記録にお付き合い頂き、感謝します。


では、また。
(乱文、誤字脱字、多謝。随時、訂正に努めます)

サイドB

2009年8月与那国島(その3) [旅]

裏面の149回目です。

いつも、ありがとうございます。

旅の記憶をどんどん、はきださせていただきます。
表面と違って写真はないので、字だけですが、おゆるしを。

今日は与那国3日目のあたりを。

じわりじわりと与那国にちかづいた旅。
滞在2日目がビックデーになりました。

その2日目のおまけを少し。

島の方に、6畳ビーチの入り口を教えてもらったので、
行ってみました。何度か来てますが、初めてでした。

その日は台風が近づいていたこともあってか、
波は高めに見えましたが、きれいな海と、
プライベート感あふれるビーチが見えました。

崖の下に。


これがですね、これぞ与那国の海という感じの、
すぐに魚とサンゴが拡がる様な海なのですよ。

遊泳禁止ではないビーチですが、
潮の流れが速いところがあると思われますので、
水にはいっても、手前でちゃぷちゃぷまででしょうかね。
家族連れは。

一般的な噂に比べて、意外に短時間で降りられるという話もありましたが、
見るだけにしておきました。

降り方の説明をしてくれているサイトを見たことがありましたよ、確か。

ゆっくりと降りれば、大丈夫みたいではありますが。
風雨のある時や、不安な方はやめた方がいいでしょうかね。

でもやっぱり、一度降りてみたい気はします。



さてさて、滞在3日目の話に戻ります。

その日は与那国から石垣に戻り船で竹富島入りするという予定。

朝食はその日も旨かった。
フルーツも充実。ジュースも充実。

与那国最後の日ですので、飛行機が飛ぶまでの最後の時間で、
また島を巡りました。

また島の東、祖納を抜けて、パネス(残念夏休み中みたいでした)を過ぎて、
東崎を回って比川へ。

Dr.コトー診療所のオープンセットに昼間から入れる様になり、
初めての来島。

とうことで、現地を訪ねました。

初めて中に入り、診察室、病室などから見える比川浜(午前中の海はきれい)を眺めました。
診察室にはある日のロケ予定が書かれた紙が貼ってあって、ふむふむと眺めたり。

屋上にもあがりました。

第2シリーズの最終回(だったか?)に先生同士が医者の宿命を語るシーンとか、
第1シリーズで子供たちが旗を立てたり、象徴的なシーンに使われた場所。

過去2回は外から見るだけでした。

つくりものなのですけどね、わざと古くつくっているという。

でも、実際に芝居が行われたという場所に立てるというのは、良いものですね。
そう思いました。素直に。
今にも、泉谷しげるさんの演じるシゲさんが、「おいコトー」と行って、
乗り込んでくる様な想像をめぐらしてました。
多分あのシーンはスタジオだったのではとも思うけれど。


その後、比川を後にして、空港方面に島を南から北へバイパスする道を通り、
島の北側に。

空港前を通り、久部良のナーマ浜へ。

砂集めをしたいという小さい親族の要望でした。

すると、そこには、前日のお世話になったヨナグニウマふれあい広場の皆さんと、
海馬(うみうま)遊びのお客様が。


大人達は、スタッフの方に挨拶をしたり、少しだけ言葉を交わしたりして。
小さい親族は砂集めをはじめ、
(星の砂が見つかるのですよ。意外に色んなところにあるそうです)

だんだん時間が迫ってきてしまい、去り難い気持ちでありましたが、
皆さんに「サラバ」をしてナーマ浜を後にしました。

皆さんから大きな声で「さようならー」と、大きく手を振られ。

私は被っていた帽子をあげて応じるの精一杯で。
ちょっと感動を頂きました。あったかいなあと。
不覚にもジーンときてしまいました。


その後は事務的にコトが進み、
宿に車を返し、専用車(マイクロです)で宿を後にして空港に向かいました。

そうそう、宿で中尾彬さんが書いた絵をみたのですが、
テレビの取材とか、新聞とか雑誌とかより、実物は格段に良かったですよ。

中尾彬さんは学校の先輩なので、ちょっと嬉しかったですね。
まあ、有名人なので、何の接点もないですけどね。

せいぜい、同級生から噂を聞いたくらいで。

千葉真一さんあたりは、夏になると自転車ですれちがったこともあったけれど。
そういえば、あいさつしてくれたこともあったなあ、子供だったからかな。
カレーの人だって、当時は思っていて。
後から、色々と知ったのですよ。ガードマンとか。アクション俳優だとか。

脱線しました。与那国にもどってと。


空港ではお土産を手に入れるという目的がありまして。

親族は与那国の長命草の粉末を。
私はサンアイで、「与那国語辞典」を。

http://ameblo.jp/ikemar001/day-20070207.html

島とうがらし(ガラス瓶にはいった、種入りで練り状の真っ赤なやつです)も手にいれました。
あちらでは、カジキの刺身にもついてきましたが、お店の人曰く、
パスタにも合うとか。

今回はサンアイで買い物でした。
(結局、いつも、ここか?)

最初の時は、民俗資料館を訪ねた15年前は、祖納のお店で買ったなあ。
本とバンダナを。
随分色があせたけど、バンダナは、まだ現役です。

とういことでした。

さて、今回はお酒は購入せず。
数年前に買った、舞富名(まいふな)の花酒(60度)がありますので。
びんのままというお気楽な方法で、寝かして4年。

しかし、この先が問題です。
良く考えたら、そんなに飲めない。舐めた後の始末をどうしようか・・・まと後で考えよう。

またまた、話に戻りましょう。

空港の展望台的な場所なども行ってみたりしつつ過ごし、
石垣に向かう時間になりました。

歩いて飛行機に・・・・振り返って、景色をみて。
タラップをのぼりました。

少し良い予感が。風の向きが西風だ!

ということは、西すなわち台湾方面に飛び出すので、ぐるりと旋回して
島の北側をなめる様にして離れてゆくコース!

かも。

出発までドキドキ。

動きはじめたら、おー、東の端に向かっているぞ。
東から西へ飛び立つぞーということで、西崎方面に飛び立ちました。

想像とおり、西崎、ナーマ浜から東崎まで島の北側を見ながら、
島を後にしました。

石垣に向かいます。

つづきはまた。

では、では。

(ストライクカンパニー絡みの話は次の回に。ちょっとしたことですけどね)

サイドB

2009年8月与那国へ [旅]

146回目。

秋が来てしまうので、そろそろ、カウントアップしましょうね。

写真もなく、淡々と記録します。(拾い読み可です。当然か)


与那国までの経路は、航空券手配の都合もあって、今回は那覇、石垣と2箇所を経由。

1日目。

夜に羽田を出発。

親族はJALとANAに分乗。

私はANAで、直前に登場口変更があり、羽田では久しぶりに沖止めの機体に、
バスで向かいました。ジャンボにタラップで乗りました。

サイパンに行って以来かも。

そして那覇へ飛び立ち、無事、深夜に到着。

那覇の外気は、湿度に重みあり。沖縄にきたことを体感。

国際通り近くに宿泊なので、タクシー移動。
朝食なしで寝るだけであったので、思い出は以下の2つ。

・OTVのタワーが見えたこと
・翌朝の那覇空港に行くタクシーで、運転手さんと「アイモコ」の話で、話題がかみ合ったこと。
 (いつになるか不明ですが)今度来る時は大宜味まで乗せてくれるとのことで、名刺をもらう。


2日目。

那覇→石垣と移動。

だんだんと、暑さと湿度に、ならしてゆく感じで。


乗継時間をあえて長めにとっていたため、

空港のデッキでエアバンドリスニングしたり、

寝たり、赤のティラミスを食べたり。

親族がそれぞれに。

その後、全員で空港の食堂でそばを食べました。
(独身の頃を含めて、この食堂の利用回数は多い)

食事が済んで、石垣から与那国に飛びました。

ちょっと雲が多め。

でも西表の白浜から船浮周辺は見えました。

そして、いつもの、お楽しみ、

近づいてくる与那国島も、しっかり見えました。


与那国に着陸。タラップでおり、与那国に着いたことを実感。
この瞬間が、たまらなく好き。

空港からは宿泊する宿の送迎。

到着してから、2年ぶりの島の様子を見に、レンタカーでドライブ。

祖納、比川、久部良と順に色々と周り、時折横道に入るという具合で、
色々とながめてきました。

・祖納の集落をつき抜け、墓地付近に入り、4畳半ビーチらしき場所を確認。
・毎度の事ながら、豪華なお墓。
・島を1周
・北牧場
・滑走路脇
・製塩工場跡地
・ヨナグニウマふれあい広場の海牧場を遠くから眺め

など

最後は、宿の売店に立ち寄り、カップラーメンとポーク卵おむすびなどを買い、
部屋で昼ごはんと夕食の中間的な食事をとり、休憩。


休憩の後、小さい親族は楽しみにしていたプールに。
ホテルのプールが好きらしく、昨年宮古島で入りそびれたので、
楽しみだった様子。

大人は写真を撮ったり、ビデオをまわしたり。

プールサイドのバー付近で、那覇のやきとり屋さんが支度をしてました。
「スワン」(?)といったかな。

我が家は予定があったので参加しませんでしたが、夜のプールサイドは
結構盛り上がったらしいです。

その後、何がなくとも、与那国に来たら行かなくちゃの、
「ユキさんち」へ。

島自体をたくさんは訪ねてはいないけど、
まあ、島にくる度に来ているから、3、4回目。

今回やっとオクラカレーに出会えました
(日によって替わるので、何がでるかはお楽しみなので)。

木に囲まれたお店の中から、
久部良港と日本最西端の灯台を見ながら食べるカレー。

これは、たまりませんよ。

今回はセットのジュースには、島のグァバで作った、
グァバミルクがオススメというのでそれを飲みました。旨かった。

自家製のスイカシャーベット。ユキさんが育てた小さいスイカを丸ごと凍らせているもの。
自然な甘みと冷たさが良かったですよ。

あと長命草ロール。お腹一杯。


そういえば、今回はコーヒーを飲まなかったなあ、今度行ったら、コーヒー飲もう。

暑い季節にゆくことが多いから、ついジュース類を飲んでしまうのです。

そういえば、最初はアイスコーヒーを頼んだ。あれは旨かった。

香りが良くて。


たまたま、他のお客さんがいない時間帯があり、
少しだけ、ユキさんと会話をさせてもらいました。

今回はグアバの話とか、色々と。

忙しい時は無理ですけれど、タイミングと間が合えば、
こちらの興味にお付き合い頂けたり、貴重な島暮らしのお話を聞けることも。

あり難い限りです。

また、行かなくちゃ。

(またいつか「ユキさんち」関係のサイトへのリンクを紹介しましょうかね)


さて、その後、日本で最後の夕陽を見に行きました。

雲がかかっていて、水平線に沈むところは見えませんでした。

でも、日本で最後の夕焼けはじっくり味わいました。

何度か来ているのですが、

一番の名物である与那国の夕陽は、実は今回初めてでした。

いつもは丁度宿の食事時間だったり、子供が小さかったりで。

それから宿に戻って、専用浴場があるのではいりに行き、

与那国1日目が終わってゆきました。

部屋の風呂もきれいですよ。トイレ別ですし。


今回の宿泊した宿は昨年できたホテル。

最初はリゾートと名前のつくホテル建設に懐疑的だったのですよ。
竹富の方で騒ぎになっていたこともあり。外資系じゃないかとかも気になったり。

一応、沖縄資本らしいし。

実際に目にしてみて、控えめな作りなのと、ソフト面のよさが際立っていて、
好印象でした。

形式ばらず、気持ちは伝わってくる感じですね。

芝居がかった愛想とかサービスを求める人にはさびしいかも知れないけど。
私には心地良かったです。

立地も、あえて景観が良いところの自然環境を壊して、売りものだけを求めるのでなく、
作れる場所を活かした感じでした。だから、派手じゃないんです。でも、居心地はいい。

(だから、セメント工場が見えたりもしますが、誰がなんと言おうと、ドンマイなのです)


あとは手作りの「しおり」。ガイドブックで何年も研究してきているのですが、

結局、この「しおり」だけを使ってました。

与那国も老舗のホテル、民宿のほかに、こういったホテルや、
ステイ型の宿など、色々と選択できる様になってきましたね。

以前2度ほど泊まったホテルは今は寮になっているらしいです。

古くからの島ファンとか、離島通の方には、色々ご意見もあるのでしょう。

でも、私にはありがたいことかな。

このホテルは、初めて離島を訪ねる、離島に馴れていない親戚、友人にも
勧められるという意味で貴重。

が、自分達が次訪ねる時は、また別の宿も含めて検討しましょうかね。

島もまた変わるでしょうし、島の色々な場所とか宿も知りたい気はするので。

結局、リピートしちゃうかも知れないけど。
(過去に泊まった宿のいくつかにも、きちんとリピートしたなあ)

さてさて。

旅の話は、やはり、何回かにわけなくちゃ、書ききりませんね。

台風で旅程が短くなってよかったかも。


つづきは、また、こんど。

字だけなのに、

お付き合い頂いて、ありがとうございます。

追伸:

次の次あたりで登場予定ですが、先行しておすすめを。

ストライクカンパニーという石垣島出身者が中心のバンドがあるのですが、
このバンドの「電車は走る」という4曲入りのCDがいいですよ!

http://strikecompany.com/

旅から帰って1ヶ月。聴きこんでます。CDは¥1,000です。
通信販売もあるので、よかったチェックしてみてください。

石垣島に行く用事のある方、知り合いのいる方は、
石垣島のタウンパル山田でも取扱いがありますよ。
(私は旅のついでに、そこで買いました。完全にたまたまです。)

ジャケの表紙は手書きの電車の絵です。
多分ねらっていると思うのですが、ジャケはモノクロです。

音楽は聞き始めてから聞き終わるころで、驚くほどに重なる色彩が増えますよ。
そんな作品達です。

ノリとか、曲とか音の雰囲気、ボーカルの個性重視の方にもオススメの1枚。

いいすよ。本当に。

ちなみに、プロデューサーはTHE BOOMの山川さん。
キーボードにナタリー・ワイズであり、THE BOOM の20周年ツアーのキーボーディスト
斉藤哲也さんも参加している曲あり。

そして、このバンドのギタリスト 石垣隆太さんは、THE BOOM のサポートギターリストとしても、
時々ステージに立っているそうですよ。
どこかで会った方、会える方、いるかも知れませんね。

ストライクカンパニーのライブは、
私はまだ観ていないのですが、是非チャンスがあれば観たいですね。
(おっちゃんだから、ちょっと気遅れしちゃうんだけどね)

映像を。ボーカルが以前にやっていたB-SHOPというバンドのPVですが、
ボーカルの声質は雰囲気が伝わるかなと思いまして。

竹富と石垣で撮影されているそうで。

ストライクカンパニーのライブは公式サイトでご確認を




サイドB

ぼちぼち、はじめましょうかね。今日は、ヨナグニのことを少し。単なるつぶやき。 [旅]

144回目になります。

だいたい1ヶ月位、休んだですかね。

旅から帰ってきて、先月までのスピード感みたいなものは戻らないですが、
音楽を中心に話題が多かったせいだろうとも思いますので、

ゆっくり、ゆっくり、また思いついたら、書きます。
スピード感も、しばらくは、戻らない気がします。

多分いつでも休みにするとは思いますが、
気まぐれが命のブログですので、ご理解の程を。

多少、台風8号に遭遇したあたりから、なんだか、良し悪しは別にして、
単純に力が抜けた様な気がして、肉体はしっかり活動はしているのですが、
脳みそはわりとお休み中という感じみたいです。

まあ、気が向いたら、覗いてください。


まずは、先日の旅に関わることを書いてゆこうかと思います。
(途中に何かあれば、音楽など違う記事をはさむとは思います)

いつもは他人様のコメントや作品を引用して、
あーだーこーだと書かせて頂いているのですが、

いつもよりは、そういう引用が少なめになるので、
くどい感じとかあるかも知れませんが、ご容赦を。


全体的な様子は、表面がぼちぼちと更新しております。
写真つきで、雰囲気が分かると思います。

時間差をずーっとあけたまま、こちらは、マイペースで進むと思います。


今日は、旅に出る前の気分みたいなものを、記録しておきたいと思います。

与那国島には、前回は2007年4月に訪ねており、

その時に、何故だか「もう一生来られないかも知れない」と思っておりました。

空港にはタラップで降りて歩くのですが、その一歩一歩から、大事にしておりました。

ひどい低気圧でしたが、どうにか2000mに延長された、
与那国空港に着いたという感慨もありました。

馬遊びのためだけに、1日弱の滞在。

そういう滞在でも、与那国に行ったら寄らなくちゃということで、ユキさんちでカレーを食べ、
そして目的の馬遊びをしました。

翌日はすこぶる好天。
親族が体調不良で島の診療所にかかったりと、色々ありましたが、
島1周ドライブをして、ナーマ浜の春の美しい青を目に焼きつけ、
歩いて飛行機に乗り、

そして島を去りました。
風向きの関係か、離陸後島はあっという間に右手奥に消えてゆきました。


旅は続いていたので、楽しみはたくさん残っていましたが、
与那国島との別れは辛かったです。

その後の八重山地方への旅の話はこのブログにも昨年記録しましたので省きますが、
与那国に行こうという計画自体がもう出ないだろうと思っていました。

それが何故か、私の気持ちを汲んでくれたのかどうかは別として、
小さい親族達が馬に興味をもっている様子であることもあり、計画することになりました。

そして実際に行けた訳で、ありがたいことでした。

色々と公に書く必要はないのですが、私にとって与那国島は、

与那国島との縁がなかったら、違う人生であったかも知れない、

という思いがありまして。

この島に遊びに行かなかったら、多分、今の親族を構成していなかったでしょう。
親族に対して立派な大人ではありませんが、とりあえずは、そういうことなのです。

それに、ここ数年の私生活を健康的なものとしてくれたものへの気づきも、
詳細は書きませんが、全ては与那国島からの縁なのです。

また、この島への印象から発展して、八重山に、先島に、沖縄全般にという様に、
関心が芽生えてもいった様にも思います。


ちょうど15年前の与那国への旅からは、太い線が今に続いています。
ひたすら浜で遊んで過ごした旅から。

そういえば、与那国だけでなく、八重山から帰る時も、
「これが最後になるかも知れない」とつい良い聞かせてしまう自分がいます。

「また来たい」の裏返しなのですけどね。

旅の前後と旅の最中に大きな気持ちのギャップがあって、
旅の最中は天国とはこういうところではないのか、などと信仰もないのに思ったりする程。

近くの公園、山、海、川、好きな場は気持ちのいいものだから、
旅が全てなんて思ってはいないです。

地味な気分が多いけど、まあこうしているのも旅なわけで。
辛かったり、心が痛かったり、嬉しかったり、面白かったりと発見もありますしね。
風が気持ちいいとか、お日様がでていて嬉しいとか、緑がまぶしいとか。
大事な場面もありますものね。


まあしかし、旅で遠くに行くのは、やはり楽しみではありますね。

一般の稼ぎ人なので、キリとか条件が常にありますが。

さてさて、こんなことで、まあ今回は与那国にそういう思いがありましたという話でした。
計画している段階でだいぶ薄くなったので、重たくならずに島に入れましたけれどね。

島に入ってのことは、また、こんど。

書けるかなあ、気持ちと相談してみます。

では、また。

サイドB


タグ:与那国島

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。