山を歩いて感じる紅葉 [つれづれのこと]
多分、裏面の41回目(通常編)です。
子供時代の話しもゆっくり書きましょうかね。事実をそのままというより、何かをキーワードにして。
さて、今日は、紅葉について。でも、多分、つぶやきです。
大分、周囲で紅葉を楽しまれている方がいらっしゃるので、ふと自分の紅葉に対するイメージの変化や思い出が浮かんできたのです。
紅葉というのは新聞やテレビの何かの決まり文句の様なものかと感じていましたね。何せ、音楽にしか感心のない日々だったことと、房総方面にいた時期がかつては長かったので、寒い日も、どこかに暖かさが残っていましてね。
紅葉の美しさからこう季節の凛としたメッセージを受け取っていなかった。そう思います。私にはですよ。
大人になって、近くのそんなに有名でもない山に入っては歩く様になって、ただの草ひとつ、花ひとつ、水の流れひとつ、光ひとつに感動する様になりまして、紅葉にも心打たれれる様になりました。街路樹のイチョウでも。
名所の写真など拝見すると、それは素晴らしい、色のパワーがあるわけですが、
山にいて感じるそれは、色のうつろいを見よという声が聞こえてくる気がします。私には。
時期の違いで様々な色合いがあるし、遠景、近景を見ても奇跡的なものに思えます。
一瞬として止まらず変化をしているのですからね。
山の中にいると、それこそ、脳がやすらいで、聴いたこともない様な音楽がなっている様な気にさえなることも
しばしばでした。(ちょっと、入りすぎていたのかも知れないですが)
さて、尾瀬の紅葉は今シーズンはもう終わりでしょうか。いいんですよね、その時期も。
そういえば、サイトで情報を流してくれている方がいらして、八ヶ岳あたりは、まだ楽しめる様でしたよ。
高速のインター(小淵沢だったかな)から清里に向かう途中であと少しで清里というあたりに、赤い橋がありますよね。
あのあたりも良いそうです。(車でも楽しめるそうです)
白駒池周辺などもいい具合とか。興味のある方は、ちょっと調べてみると良いでしょう。
白駒池周辺の道は森の幻想的があった記憶があります。私は夏に行ったのですが、紅葉の時期、益々雰囲気が良いのではないでしょうか。
紅葉のシーズンは空気も澄んでいる時期ですね。星もきれいでしょうね。
まあ、山小屋の宿泊、この時期のテント泊となると、ちょっと私も含めて、素人家族には難しさもあるので、どこか、手軽な宿でもとるというのも、良いでしょう。
紅葉の後は、料理はほどほどで、温泉と星と語らいという具合で。
できれば、焚き火もしたいところですが、まあ、それ専用に安全な場所が必要だから、難しいですね。戯言でありました。
家族で行くのも良いし、友人と行くのも良い。一人もね、結構さびしくはないんですよねえ。
そして、山に入る人が文学を好む気持ちも少しだけ分かる気がしてくるのですね。
見えたり、感じたりするのですね。色々と(幽霊とかではなくて)。人間の本能でしょうね。きっと。
そこが、山や森を歩く喜びだったりします。
最近、山は確かに熊と遭遇するなどの事故もありますから、安易には言えないのですが、山や森は自然つまりは命の濃い空間。そういう意味で癒されている部分があったり、自分と対話する時間にもなるのだろうと思います。
歩きますから、自然と無駄な緊張もとれることが多いですね。山は一人では行くものではないともいわれますが、
場所によっては、きちんと条件を確認し装備や体調を整えれば、そういう楽しみ方ができるということですね。
(まあ、危ない動物との遭遇しない対策は、時期を選んだり、音を出したり当等、土地に合わせてやりましょう)
いつも、沖縄や南の島の話が多かった気がしますが、与那国島に行っていなかったら、
多分、今でもどこかの山に行くことばかり考えていた様に思います。
が、今は島のことばかり考えていますから、移り気で軽薄だったとは思います。年を経たので、今は多少は続く分が多くなっているだけで。
ということで、随分と山歩きなり登山をしておりませんが、なんだか、分かった風に書いてしまいました。
でも、いつか、行きましょう。夢をもって。
北アルプスの様な高い山を登ってゆくのはワクワクするのですが、森を歩く感覚で山に入るのが、自分には楽しいことです。それに、一般的には長く楽しめる歩き方でもありますので。
では、今日はこの辺で。次こそ子供時代がらみで・・・・(また、はずしそうだが)
山の水場の水はうまい。そして、本当にありがたい。
子供時代の話しもゆっくり書きましょうかね。事実をそのままというより、何かをキーワードにして。
さて、今日は、紅葉について。でも、多分、つぶやきです。
大分、周囲で紅葉を楽しまれている方がいらっしゃるので、ふと自分の紅葉に対するイメージの変化や思い出が浮かんできたのです。
紅葉というのは新聞やテレビの何かの決まり文句の様なものかと感じていましたね。何せ、音楽にしか感心のない日々だったことと、房総方面にいた時期がかつては長かったので、寒い日も、どこかに暖かさが残っていましてね。
紅葉の美しさからこう季節の凛としたメッセージを受け取っていなかった。そう思います。私にはですよ。
大人になって、近くのそんなに有名でもない山に入っては歩く様になって、ただの草ひとつ、花ひとつ、水の流れひとつ、光ひとつに感動する様になりまして、紅葉にも心打たれれる様になりました。街路樹のイチョウでも。
名所の写真など拝見すると、それは素晴らしい、色のパワーがあるわけですが、
山にいて感じるそれは、色のうつろいを見よという声が聞こえてくる気がします。私には。
時期の違いで様々な色合いがあるし、遠景、近景を見ても奇跡的なものに思えます。
一瞬として止まらず変化をしているのですからね。
山の中にいると、それこそ、脳がやすらいで、聴いたこともない様な音楽がなっている様な気にさえなることも
しばしばでした。(ちょっと、入りすぎていたのかも知れないですが)
さて、尾瀬の紅葉は今シーズンはもう終わりでしょうか。いいんですよね、その時期も。
そういえば、サイトで情報を流してくれている方がいらして、八ヶ岳あたりは、まだ楽しめる様でしたよ。
高速のインター(小淵沢だったかな)から清里に向かう途中であと少しで清里というあたりに、赤い橋がありますよね。
あのあたりも良いそうです。(車でも楽しめるそうです)
白駒池周辺などもいい具合とか。興味のある方は、ちょっと調べてみると良いでしょう。
白駒池周辺の道は森の幻想的があった記憶があります。私は夏に行ったのですが、紅葉の時期、益々雰囲気が良いのではないでしょうか。
紅葉のシーズンは空気も澄んでいる時期ですね。星もきれいでしょうね。
まあ、山小屋の宿泊、この時期のテント泊となると、ちょっと私も含めて、素人家族には難しさもあるので、どこか、手軽な宿でもとるというのも、良いでしょう。
紅葉の後は、料理はほどほどで、温泉と星と語らいという具合で。
できれば、焚き火もしたいところですが、まあ、それ専用に安全な場所が必要だから、難しいですね。戯言でありました。
家族で行くのも良いし、友人と行くのも良い。一人もね、結構さびしくはないんですよねえ。
そして、山に入る人が文学を好む気持ちも少しだけ分かる気がしてくるのですね。
見えたり、感じたりするのですね。色々と(幽霊とかではなくて)。人間の本能でしょうね。きっと。
そこが、山や森を歩く喜びだったりします。
最近、山は確かに熊と遭遇するなどの事故もありますから、安易には言えないのですが、山や森は自然つまりは命の濃い空間。そういう意味で癒されている部分があったり、自分と対話する時間にもなるのだろうと思います。
歩きますから、自然と無駄な緊張もとれることが多いですね。山は一人では行くものではないともいわれますが、
場所によっては、きちんと条件を確認し装備や体調を整えれば、そういう楽しみ方ができるということですね。
(まあ、危ない動物との遭遇しない対策は、時期を選んだり、音を出したり当等、土地に合わせてやりましょう)
いつも、沖縄や南の島の話が多かった気がしますが、与那国島に行っていなかったら、
多分、今でもどこかの山に行くことばかり考えていた様に思います。
が、今は島のことばかり考えていますから、移り気で軽薄だったとは思います。年を経たので、今は多少は続く分が多くなっているだけで。
ということで、随分と山歩きなり登山をしておりませんが、なんだか、分かった風に書いてしまいました。
でも、いつか、行きましょう。夢をもって。
北アルプスの様な高い山を登ってゆくのはワクワクするのですが、森を歩く感覚で山に入るのが、自分には楽しいことです。それに、一般的には長く楽しめる歩き方でもありますので。
では、今日はこの辺で。次こそ子供時代がらみで・・・・(また、はずしそうだが)
山の水場の水はうまい。そして、本当にありがたい。
2008-10-24 23:55